【優良本の紹介】アドラー心理学の「嫌われる勇気」はAmazonのAudibleで聴いたら、とてもわかりやすい!

嫌われる勇気の本の写真

ももたん
ももたん

ボクは本を読むのが苦手です😭

気軽に本を読める方法はありますか?

ひろさん
ひろさん

絶対おすすめなのは「聞く本」だよ!私は読書が好きだけど、聞く本もよく聞きます。その中でも初心者に超絶おすすめなのは「嫌われる勇気」や「夢を叶えるゾウ」です。理由はこれらの本は会話形式で話が進むので、耳からの方が理解しやすいからなんだ。「聞く本」はこれからの時代は必須だと確信しています。

1:【優良本の紹介】アドラー心理学の「嫌われる勇気」はAmazonのAudibleで聴いたら、とてもわかりやすい!

読書が苦手な人はいませんか?

ハイ🖐

今、手を挙げたあなたにこそ「聴く本」はオススメです。

そもそも本は、知識を得るためのもの。

読もうが聴こうが、知識が得られればよいのです!

そう考えると、やはり「Audible」は素晴らしい!

「嫌われる勇気」なんかは、登場人物が2人なので耳で聴くと本当に理解しやすい!

なんだかラジオドラマを聴いているようです。

私はこの本は「読み」も「聴き」もしました。

「読み」は途中で挫折しましたが、「聴き」は最後までサラッと聴き切りました!

そして知識も吸収できました!たぶん。

普通に聴くと6時間59分のコンテンツですが、1.5倍速で聴いたので4時間40分くらいでした。

休みの日に一人で電車に乗って美味しいものを食べに行き、散歩して、電車で帰って来ている間に全て聴きました🎧

私にとって聴くことは、読むより手軽です。

今日は、Audibleで聴いたアドラー心理学のベストセラー「嫌われる勇気」をご紹介します!

2:すべての悩みは対人関係の悩み

皆さんの中で悩みがない方はいらっしゃらないですよね。

私にはたくさんの悩みがあります。

皆さんにも多かれ少なかれ悩みがありますよね?

「幸せに生きるためには悩みは少ないほうがいいなぁ」と思いながらも、日々悩みが尽きない。

全く悩みがなくなることは難しいかもしれません。

でも悩みは少ないほうがいい。

私の意見としては「悩みを消し去ることはできない」というのが結論です。

でもみんなはなぜ悩んでいるのかな?

家族や恋人?

健康?

仕事やお金?

などなど、、。

色々と悩みの原因はありますが、アルフレッド・アドラーは「すべての悩みは人間関係である」と言っています。

「すべての悩みは人間関係の悩み」

少しわかるような気がする。

でも「それは言い過ぎだよなぁ🤔」とも思います。

本質はどうなんでしょうねぇ?

次の章で見ていきますね!

3:優越感と劣等感

競争社会のイメージ

「劣等感という言葉はアドラーが最初に使った。」

この本にはそのようなことが書かれています。

私たちの悩みの原因は「競争社会」というのが一つのキーワード。

「競争社会」の中では必然的に勝つ者と負ける者が生まれる。

必然的に「劣等感」と「優越感」が生まれる。

これこそが悩みのタネの一つとなるそうです。

そして「競争社会」のライバルは、いずれ「敵」になる。

そうすると世界は「敵」に満ち溢れた気の安まらない場所になってしまう。

でも本当にそうでしょうか?

本当は世界は、私やあなたが思っているほど、私やあなたを見ていない。

そして「世界は実は安全な場所で、みんなが仲間」というのが本質だとしたら?

それは素晴らしい世界だと思いませんか?

おいおい、宗教か!?

いや心理学です。

「真の優越性の追求」とは、他者との競争によって行われるものではない。

目先の勝ち負けに囚われてはいけない。

「競争社会から離れたところに身を置くことで、自分を正し、自分を変えていくことができる」

アドラー心理学はそのように言っています。

アドラーさん。ちょっと、いいかも💕

4:「原因論」と「目的論」

目的論のイメージ

アドラー心理学は「原因論」を否定し「目的論」に焦点を当てています。

「つまり、自分の過去の生い立ちは、これからの未来に何ら影響を与えない。」と言っています。

なんじゃ、そりゃ?

ほんまかいな?

「私は、貧乏な家に生まれた過去を言い訳にして今まで生きてきたのに~」

「アドラーはん、キビシイわぁ」

と、正直、私は思ってしまいました😓

でも見方を変えれば、こうも言えます。

「貧乏だったから、金持ちになってやろう!」と思ったのだ、と。

ハイ、私みたいな小市民は劣等感丸出しです!

(注:小市民・・・嘉門達夫さんの歌に出てくる極めてフツーの一般人のこと)

小学生の時、体操服は半ズボンしか持っていなかったので、体育座りをすると時々「ヨコ金」も丸出しでした😓

しかし、そんな小市民であっても、過去にとらわれない生き方をする。

それこそアドラーの言う「目的論」に倣った(ならった)生き方なのです。

人の未来の行動は過去では決まらない。

目的で決まる。

つまり「どんな過去であっても未来の目的次第で未来への行動が変わる」というのである。

以下に例を挙げます。


例1)両親が離婚している

これは確かに子供にとってはキビシイ環境です。

でもその子供が大人になった時に、「そのまま過去にとらわれている人」と「過去にとらわれない人」に分かれます。

前者はいつまでも両親の離婚を自分の現状に対する言い訳にし、後者は両親の離婚から何かを得て伴侶を大切にする。

つまり後者には「幸せな家庭を作りたい」という目的があります。

過去に暗い影を落とす原因は「目的論」には関係ないのです。


例2)貧乏だから私立の学校に行けなかった

ハイ、私です。

現実に子供の頃の環境が大きく影響されていると感じることは多いです。

しかし、アドラー心理学は原因論を否定します。

今からがスタートなんだ!これからが勝負なんだ!と。

ハイ、また「勝負なんだ!」とか言って、競争社会にどっぷりと浸かっています、私は、、。

トホホ、、です。

確かに過去のことはどうしようもない。

私が今からできることは、未来に向けて行動することです。

過去のことは気にしても仕方がないのも事実です。

勉強は今からすれば良いし、今から自分ができることをすれば良い。

つまり今の自分には「勉強して幸せな人生を送りたい」という目的があります。

そう思うと少し楽になったような気がします。

正直、いまのご時世、スマホがあれば語学学習なんてかなり勉強しやすくなったと思いませんか?😃

事実、目的をしっかりと見据えていれば、勉強しやすい環境は整いつつある時代に思えます。

「原因論」では、なかなか明るい未来が見えないのかもしれない。

「目的論」。

これからは必須な考え方かもしれません。

心からそう思います。

5:課題を分離する(「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」)

馬が水を飲む写真

結論から言うと、「他者を支援すること」と「他者の課題に介入すること」は違うことを頭に入れておいてください🙇‍♂️

この本では、

「承認欲求を捨てる」

「あの人の期待に応えようとしてはいけない」

「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではない」とハッキリと言っています。

「自分が自分のために、自分の人生を生きないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるだろうか?」(ユダヤ教の教え)

ん、宗教!?

いや、心理学です。

唐突ですが、またまた以下に例を挙げます。(ちょっと真面目な内容です)


例1)あなたは、子供が親の期待に応える人生を選ぶことをどう考えますか?

親の期待に応えるために勉強をし、親の期待に応えるために一流企業に就職することは、本当にその子供の人生でしょうか?

この場合の親の課題は「子供が自らの人生を選べるよう手助けをすること」です。

決して親が考えるレールの上に子供を走らせてはいけません。

小さな子供であっても「どのような未来にしたいのか?」と、親は常に本人に確認しながら将来に導いていく必要があります。

この場合の子供の課題は「自分の人生を生きる」ことになると思います。

あなたの子供であっても、あなたは子供の人生のすべてを背負い込むことはできません。


例2)延命についてどう考えますか?

親が死ぬ前に「もし私が食事が取れなくなったら延命しないでほしい」と言ったら、あなたはどうしますか?

きょうび「長生き=幸せ」ではありませんよね。

今の医療技術では延命する方法は複数あります。

胃ろう、点滴、中心静脈栄養などなど、、。

「親に長生きしてほしい」と願うことは子供としては当然の気持ちです。

しかし旅立ちの日が近づいている親に、本人の意に反して延命措置を行うことはどう考えますか?

この場合、親の課題は「自分の人生を最後まで自分らしく生きる」ことであり、子供の課題は「親の意思を尊重して、親の人生を自分らしく生きてもらう」となると思います。

子供という立場であっても、親の人生を背負い込むことはできません。

もちろん医療機関は本人の意に反した延命は行いません。


例3)部下のココを直してほしい!

いつも注意するのに、接遇が良くならない部下がいます。

私にもそういう部下がいました。

指導するのは上司の課題ですが、直すかどうかは本人の課題です。

もちろん会社ですから、そんな部下の接遇を直せないのは上司の責任。

でも上司の責任ではあっても、接遇を直すかどうかは本人の課題。

パワハラなどは論外ですが、誠心誠意指導しても直らないのは本人の責任。

上司であっても部下の性格や部下の人生を背負うことはできません。

本当はね。やはり、かわいい部下ですから。

ココは直してほしいと思うことは多々あります。

それでも上司の課題は誠心誠意指導するところまでです。

それを受けてどうするかは本人の課題。

仕事に影響ない場合であればそれでよいですが、仕事に影響がある場合は上司としては次の課題に向き合うこととなります。


話をもとに戻すと、課題の分離とは「自分でコントロールできること」と「自分でコントロールできないこと」を分けること。

「自分でコントロールできないこと」に時間や労力を浪費しないこと、といったメッセージが含まれています。

バッサリと他者の課題を切り捨てるのです。

つまり私たちは、馬を水辺までは連れて行けるけど、水を飲むかどうかは馬が決めるので、無理やり馬に水を飲ませることはできないのです。

そしてこの考え方は「承認欲求を捨てること」につながります。

「力技で相手を変えてやった!」という承認が得られる感覚を捨てることになります。

誠心誠意向き合うことで、相手が変わることはあります。

しかし、承認を求めないこと。

「我々は見返りを求めてもいけないし、そこに縛られてもいけない」

アドラーはこのように「承認欲求を捨てるよう」言っています。

馬が水を飲むかどうかは、馬の課題。

部下が変わるかどうかは、部下の課題。

馬を水辺まで連れて行くのは、あなたの課題。

誠心誠意指導するのは、上司の課題。

つい見返りを求めたくなりますが、課題を分離することにより自分のなすべきことがはっきりと見えてくるのです。

確かに対人関係の悩みはなくなるかもしれないが、本当にそれでいいのか?

それでいいのです。

承認欲求が不自由を強いるのもまた事実。

他人の期待に応える生き方は楽かもしれない。

他人が敷いたレールの上を走っている不自由な生き方。

アドラーは承認なき自由な生き方を説いています。

他者の顔色をうかがわず、自由に生きる。

でも、そんな生き方は他者から嫌われるかもしれない。

それでも「嫌われる勇気を持て!」と言っているのです。

もしあなたが誰かに嫌われているとしたら、それはあなたが自由に生きている証なのだ、と。

「むやみやたらに誰からも嫌われろ」と言っているのではありません。

「誰からも嫌わられないことはできないのだから、自分らしく生きろ」と言っているのです。

そして他者の課題に介入することは、自己中心的な行動と言っています。

子供の課題に介入する、親の課題に介入する、部下の課題に介入する。

これらは自己中心的な行動なのです。

これは私の持論ですが、どうしても他者の課題に介入したいのなら、「その時は、その人が自分で自分のことを決められるよう支援すべき」だと思います。

課題を分離することで、自分と他者の自由を尊重できる。

ただし嫌われことはある。

アドラーいわく「本当の自由とは嫌われること」なのです。

まじか、、

でも、この言葉の本質は「たとえば10人の他者がいるとして、10人全員から嫌われない生き方は極めて不自由だ」ということなのです。

「すべての人から嫌われない生き方」こそ、「あなたの人生を生きていないこと」になり、実は「辛い生き方」なのです。

6:褒めてはいけない、叱ってもいけない。代わりに「ありがとう」を言う

ありがとうのイメージ

アドラー心理学では、人間関係においてタテの関係を否定しています。

褒める行為には、相手を操作するための意味合いがある。

飴と鞭。

どちらも相手を操作するための方法です。

これはタテの関係で、これは良くない。

人間関係は対等が基本。つまりヨコの関係。

アドラー心理学の根本原理。

そんなアホな?

褒められると人は喜ぶし、成長にも繋がる。

しかしアドラーは「褒めることは能力が高い人から低い人へのタテの関係を生む」と言っている。

そして人は「褒められたいから行動する」というように「他者のために行動するようになる」と言っている。

少々ええやん!

そう思うのですが、ココは非常に大切なポイント。

人の価値を認めるときは褒めるのではなく「ありがとう」と言うようにする。

確かに人に褒めらたとき、特に自分の方が上だと思っており、低く見ている相手から褒められたときはカチンとくる。

そもそもそういうのが良くないのだ。

人に上も下もない。

まだまだ未熟な私は、理屈では理解できるが、どうしても上下関係を意識してしまう。

でも「ありがとう」と言うだけなら簡単だ。

これからはなるべく「ありがとう」というように心がけようと思う。

そしてこの「ありがとう」こそが人間関係の悩みを減らしてくれるのだ。

7:全宇宙の共同体の一員として

宇宙のイメージ

ハイ、また意味がわかりにくい言葉が出て来ました。

もはやスピリチュアル!

いや、心理学です。

私たちは、何かの共同体に所属している。

家族、会社、学校、地域、国など。

そして、その共同体の中で人間関係の悩みを抱えることになる。

その時は「より大きな共同体の声を聞け」と、アドラーは言っている。

学校で起きていることなどは、より大きな共同体にとっては小さなこと。

会社で起きていることなどは、より大きな共同体にとっては小さなこと。

もっと言うと、無限の宇宙から見れば、私たちの日常の出来事などはとても小さなこと。

私たちは全宇宙の共同体の一員なのです。

だから小さなことで悩んでいるときは、より大きな共同体の声を聞けばよい。

そうすれば自分の悩みなどは、とても小さく感じるでしょう。

では、全宇宙の共同体に対して私たちは何をすべきか?

その答えは「他者貢献」。

他者貢献こそが、全宇宙の共同体に対して私たちがコミットするもの。

ライザップか!

いえ、アドラー心理学です。

「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるもの」

アドラーはそう言っています。

無限の宇宙の中で、人生一般には意味など無い。

しかし、あなたの人生には意味を与えることができる。

そしてその意味を与えることができるのは、他ならぬあなただけなのだ、と。

もしあなたが、広い宇宙の中で道に迷ったら。

その時に導きの星となるが「他者貢献」。

私たちは対人関係の悩みから解放されるために競争を避け、社会や宇宙の一員として人生に意味を見出すことができる。

道に迷ったら他者に貢献する。

ただし、自分と他者との課題は分離する。

そして「ありがとう」を言う。

8:最後ではなく、本当は最初にこれを知っていると本書の意味が分かりやすい!

マズローの欲求階層説

「承認欲求を捨てる」や「共同体に生きる」などの言葉が少々「嫌われる勇気」という本を難しくしている気がします。

ここに「マズローの欲求5段階説」を理解しておくと、この本がグッと理解しやすくなると思いましたので、以下に説明を書きます。

マズローの欲求5段階説とは、人の欲求の階層を表したものです。

実は医療や福祉業界では教科書にも載っている基本的な概念です。


マズローの欲求5段階説
承認欲求以上は「高次の欲求」といわれる

図のように「共同体に生きる」などは「社会的欲求」であり、承認欲求とはその上級の欲求です。

例えば根底に「お腹が空いたらご飯を食べたい」「トイレに行きたい」などの「生理的欲求」がある。

そして「生理的欲求」を満たして初めて次の「安全の欲求」を求める。

世の中には、障害などをお持ちの方で、承認欲求を求める以前に、生理的欲求を求めている方も大勢いらっしゃるのです。

この図を見ながら「嫌われる勇気」を読む(聴く)と理解しやすいのではないか?と思い、最後に紹介させていただきました🧭

でも本当は最初に理解しておくのが良いと思います!

そして最終的な結論ですが、アドラー心理学って「承認欲求を捨てても自己実現の欲求を満たせるところに大きな意味と価値があるのかな?」と私は感じました。

今日は少し長かったですが最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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